財団法人 防長倶楽部
理事長 松野浩二
山口県は長門国と周防国からなりたっていますから、二つの国を総称して「防長」といいます。
当倶楽部の名前もここからきています。
幕末維新から明治時代にかけて防長出身者は大活躍をしますが、その過程で多くの志士が若い命を落としました。
とくに松下村塾出身者は、吉田松陰(以下敬称略)を筆頭に、高杉晋作、久坂玄瑞、入江九一、吉田稔麿など、皆な20歳代でした。
この人達の慰霊を弔うことも倶楽部の行事として行なっています。
激動の時代を生き抜いた防長出身者は明治政府の顕官となり、新しい日本を作り上げてゆくのですが、
そのなかで歴代最高の総理大臣といわれる伊藤博文公の墓前祭もまた当倶楽部で執り行っています。
郷土の先輩の偉業を称え、それを後世に伝えることが我々の任務であると思うからです。
ちなみに山口県からは総計8人の総理を生んでいることは皆さんご存知の通りです。
大正12年(1923年)、在京の山口県出身者で県人会を創ろうという気運が生まれ、ここに「防長倶楽部」が誕生しました。
故郷を思い、山口県人間の交流を通じて知識教養を深め、心のよりどころの場としてたいというのがその目的です。
それは今も変わることなく引き継がれています。
倶楽部は終戦まで盛んに活動しましたが、戦後の混乱のなかで、保有していた防長会館も失い、
活動も自然消滅の状態に陥りました。
昭和25年、県人有志の尽力で、財団法人防長倶楽部として復活し、現在に至っております。
現在の倶楽部は800人の会員を有し、前述の慰霊祭(靖国神社と共催)や墓前祭を始め、郷土に関連のある
諸行事を行なうとともに、囲碁、和歌、俳句、ゴルフ、カラオケなどの親睦行事も盛んです。
このほか、定期的に講師を招いた講演会を行なうとともに、機関誌を発行して、講演内容の紹介、会員の随筆や消息、
郷土の話題などを取上げています。
とくに女性会員の参加を勧誘してきた結果、現在70名にまで増加しました。
この女性会員で結成しているコーラスは今や倶楽部の名物になっています。
現在の世相は混沌として国境が無くなりつつあるとも言われています。
しかし、ボーダレス時代であるからこそ、
日本人には「日本」が、山口県人には「防長」が心の拠りどころとして必要なのではないでしょうか。
一人でも多くの皆さんの防長倶楽部への参加をお待ちしています。
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